一覧

小規模温泉地における旅館・民宿の課題を解決      ― 学生インターンの良質なマネジメントによる人材育成 - 

インタビュー③

小規模温泉地における旅館・民宿の課題を解決
―学生インターンの良質なマネジメントによる人材育成-

●井門隆夫(Ikado Takao) 高崎経済大学准教授/井門観光研究所取締役

わが国には魅力的な小規模温泉地が多い。そこには、どのような課題と展望があるのだろうか。

 


― わが国の宿泊業の概要について教えてください

日本の宿泊施設は、観光庁の宿泊統計によると5万軒弱となっています。そのなかで、ホテルは1万軒あり、旅館(民宿含む)は4万軒あります。財務省の法人企業統計から推察すると、旅館のなかでは、多めに見ても2万5千軒(旅館協会には3千軒ほどが加入)くらいが統計に反映される範囲で営業しているものと推測されます。

日本全体の国内観光消費額が、2006年からの10年で28兆円が25%減少していますよね。2017年のデータでは約20兆円となっています。

【参考】2016年の国内旅行消費額20兆9,547億円(前年比2.7%増)、宿泊旅行消費額16兆0,335億円(前年比1.4%増)、日帰り旅行消費額4兆9,212億円(前年比7.1%増)

国内観光消費額の減少にともなって、旅館の客室数も減ってきているのです。これは、わが国の実質賃金の減少とも相関しています。女性や高齢者の社会参加が増えていますが、所得自体が落ちている。かつて旅に出ていた女性や高齢者が旅に出なくなっているのではないでしょうか。

― 旅館といえば、360日のうちの100日の営業で1年分を稼いでいるといわれたりしますが

日本の旅館(民宿含む)の稼働率は全国平均すると38%で、客室稼働率が一番低い沖縄県では8%といわれています。

― ビジネス客を相手に年間を通して稼働するホテルに比べると低いですね

たとえば群馬県の温泉地をみても、中之条町のある温泉で旅館11軒中、通年営業しているのは2軒、あと3軒ほどは週末だけの営業で、残りは盆暮れ・正月だけの営業となっています。事業用資産として建物をもつと固定資産税や相続税が安くなることもあり看板をあげていますが、実際は営業していない旅館も多いのです。

ですから今後、草津や箱根など大小の旅館が集積する大型温泉地は生き残れるでしょうけど、小さな温泉宿が数軒でまとまっている「小規模温泉地」は厳しくなってくると予想しています。でも、インバウンド客が行きたいのは、そういった小規模の温泉地ではないでしょうか。


「小規模な温泉地こそインバウンド客を集める魅力があるのではないか」井門さん

 

― そういった「小規模温泉地」では後継者問題が課題なのではないでしょうか

都市部における旅館は、これから稼働率が上がるし軒数も増えるでしょうけど、小規模温泉地における旅館・民宿は減少傾向にあります。そしてご指摘の通り、最大の問題は後継者です。

地方創生で注目された島根県海士町では山内前町長が「宿の灯を消すな」といった。そこで、海士町の観光協会では宿の支援に力を入れることになったのです。ところが、島の民宿は、それほど困っていなかったと思います。


―  といいますと

一般的に民宿は、家族経営の兼業が多く通年営業ではありません。人も食材も地元調達、自給自足が成り立っているのが民宿です。コストが低いので稼働率が20~30%でも問題ないのです。

海士町の漁協は県の漁協に入っておらず、定置網でとれた魚は地元で消費します。一方、他の町村では、地元漁師のとったカニなどは本土の市場に持っていく。海士町では、雇用も島・調達も島と、島内で完結しているのです。

コミュニティを単位として地域内で経済を回すことが大切です。宿の灯を消さないようDMOが貢献することが必要ではないでしょうか。宿を守ることが、森を守る・海を守る・木を守るに繋がるのです。

― 外部に開いていなかったので、地域内で経済が循環していたわけですね

そうです。ところが、そこには問題がありました。先ほどのお話しのとおり後継者がいない宿もあったのです。余計なお世話でしたが、観光協会がこうした宿に「部屋が空いているのだったら観光客に開放してほしい」と働きかけたのです。そして、観光協会が人材派遣をできるようにして民宿を支援しました。

地方創生で注目される島根県海士町では観光協会が宿の品質管理や後継者問題に取り組んでいる

 

― 観光協会の若手を宿に派遣したのですね
そうです。わたしは各地で宿屋のご主人やおかみさんに「子供が継ぐと決めないでください」と話しています。「俺は出ていくから誰かやってくれ」という子供も少なくない。高齢になって経営に疲れたら、民宿の賃貸や法人化して会社にして事業譲渡することも考えてほしいと思います。

島根県の海士町では、この10年間に400人くらいの移住者がいて島の観光事業を担っています。鳥取県の岩美町では、民宿の経営者を地域起こし協力隊員に任せるようにしています。


― 若者の気質・考え方は変化してきていると思いますか

変わってきていると思います。いまの就活はいわば親孝行です。やりたいことより企業への就職を希望する。しかしそれは学生の本意ではない。ただ都会には出たいという若者が多くて、実際に出ていく率も高い。しかしながら、住宅ローンまで抱えて都会に定住することに拘らない。そもそも不動産価値が上がらないから不動産を所有しない。すると1か所に定住する必要がないとも考えますよね。可処分所得を上げるためには生活コストが安い地方で暮らすのもひとつの選択肢ですし、子育てに環境は地方の方が良いと考える若者もいます。

常々、そうした話を学生にするのですが、実際、三重県出身の大学4年生が海士町に移住しました。また、前橋出身のある学生は、後継者のいない旅館に養子として籍を入れました。東鳴子の旅館でインターンをやってみて「大学をやめて旅館の経営者になりたい」と言っていた学生は遠刈田温泉に就職しましたし、「将来は旅館経営をやりたい」という学生が、私のまわりだけで毎年一人か二人でてきます。

地方では、たとえば「半宿・半X」といった形態で若者が宿で働くことだって可能になります。だからわたしは学生を宿にインターンシップに出しているのです。ゼミをやっている理由は、そこにあります。

「井門ゼミ」では、地方の小規模観光地の経営人材の予備軍を育てようと考えています。

― それは素晴らしいですね

じつは旅館でインターンシップを1週間ほどしかやらなかった若者は「もう嫌だ」と帰ってくるんです。仕事や現地に慣れて達成感を得るには1週間や2週間ではだめで、3週間以上やることと、誰かがフォローすることが必要なのです。ところが、そうしたインターン学生をサポートするリソースが地域にない。だから、地域の観光協会やDMOに期待したいのは、そうしたインターン学生のサポートとマネジメントですね。

― 宿単体でなく、地域全体でインターンを受け入れる体制が必要なのですね

井門ゼミでは、地域で働く可能性のある若者を地域に送り、それら学生をフォローする体制を整えています。インターン生の業務やモチベーションを可視化するシステムを開発したので、毎日インターン生からわたしの手元に報告が入ってくる。こうした仕組みをインターン受け入れ地域ごとに整えることが必要です。

いま中之条町観光協会等にインターン学生のマネジメントのやり方をお伝えしています。海士町観光協会はすでにインターンシップ事務局をやっていますが、他の地域でも出来るはずです。

― 最後に、小規模温泉地が生き残っていくポイントを教えてください

観光地経営には色々な要素がありますが、中山間地型の観光地経営のスタイルというのがあると思います。小規模温泉地では宿泊キャパシティが減少していくことに目を向ける必要があるでしょう。そして、旅館や民宿など宿が無くならないようにするためには担い手を育てることが不可欠です。

そして、その担い手とは間違いなく次世代の若者なのです。

次世代を受け入れ、仕事をしてもらい地域に定着してもらうこと。そのためにも、若者を受け入れる体制を地域全体で整えることが必要でしょう。そして、これから夏に向かいますが、観光学部学科の学生には、旅館などでインターンをすることを勧めてほしいですね。


― ありがとうございました

 

井門隆夫 Ikado Takao
高崎経済大学准教授/井門観光研究所取締役

【Profile】1985年(株)ジェイティービー入社。団体営業を経験後、国内旅行企画部で宿泊プランの企画と国内商品政策立案を担当。3千軒ほどの旅館・ホテルを対象に企画提案をするとともに社員研修の引率や講演で全国を回る。2001年から(株)ツーリズム・マーケティング研究所主任研究員として観光に関する市場調査や観光事業者の調査・コンサルティング等を行う。2003年、金融機関とともに事業再生(デューデリジェンス)に関わった旅館は約50軒。並行して着地型旅行の普及に取り組む。2001年、All Aboutサービス開始以来、オフィシャルガイドとして「日本の宿」情報を発信。新聞・雑誌・テレビ等で旅行情報や旅館の裏事情、業界情報を紹介している。2011年(株)井門観光研究所を設立して観光イノベーションを具体的に提案・実践する。「着地型観光」の専門性を活かし、地域の事業者を組織化し副業として旅行業を設立するメソッドに関する第一人者。また事業再生の経験を生かし、旅館・民宿の経営診断にも取り組む。2016年から高崎経済大学地域政策学部で、実務で得た経験や知見を教育に活かし、社会で役立つ主体性のある学生の育成に取り組む。文教大学国際学部兼任講師/立教大学観光学部兼任講師

 

 

(まとめ)

デスティネーション・マネジメントにおいては、宿泊キャパシティをどうコントロールするかも重要なテーマである。特に小規模な観光地や、バブル崩壊後に衰退が見られる観光地では、宿泊施設数や部屋数・宿泊可能者数(キャパシティ)のほか、事業所における後継者の有無を把握することも不可欠である。

ホテル・旅館・民宿が集積する、あるリゾート型観光地で、宿泊施設の後継者の有無を調べてみると、民宿のほとんどで後継者がいないことが分かった。「かつては夏の3か月で1年分を稼いだ」と初老のタクシー運転手さんが懐かしんでいたが、昭和期には若者や家族連れで宿もビーチも大いに賑わった。ところがいまは観光客数も激減し、民宿経営者の多くが引退する年齢を迎えているが後継者がいないという。これから10年ほどの間に、急速に宿泊キャパシティが減少するのは明らかであった。

都市型観光地ではあまり気づかないが、小規模な観光地においては被雇用者としての働き手だけでなく、経営者の減少も深刻な課題になってきている。インターンを手掛かりに経営者候補生となる若者を呼び込むとか、廃業する宿を借り上げ、運営会社をつくって経営するなどの手だてが必要であり、これもDMOが向き合うべき課題かもしれない。

またデスティネーション・マネジメントにおいて、宿や飲食店などの「品質管理」も重要テーマといえるが、井門さんにご紹介いただいた海士町観光協会の取り組みは、宿の品質管理にも結びついている。若手職員が宿に入り込んでハード・ソフト両面からサービスの質的向上を図り、結果的に宿泊単価を6千円台から9千円台まであげることに成功している。

いまの若者の間で「起業」という言葉は、結構、響く言葉であるようだが、「事業継承」とか「第2創業」といった言葉も、魅力ある人生の選択肢になることを願いたい。(文責:大社)

 

 

一覧:関連記事

メルマガ会員募集

注目キーワード