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旅行会社とDMOのパートナーシップを考える

インタビュー⑤旅行会社とDMOのパートナーシップを考える

●小林裕和(Kobayashi Hirokazu)
株式会社JTB経営戦略本部経営戦略担当部長/相模女子大学客員教授

 

― アムステルダムに駐在されていたとき欧州各地のDMOも見てこられましたよね    

 

JTBグループの欧州統括本社に2年半勤務しました。オフィスはオランダ・アムステルダムにありました。欧州事業は管轄する地域が非常に広く、欧州だけでなく北米南米・アジアの営業箇所なども含めれば、27か国、57拠点に展開していました。そのため出張では多くの欧州各地を訪れましたし、また一消費者としての経験を合わせれば、30以上の都市を訪問しました。

訪問の準備としてDMOが提供する情報提供や旅行予約などの各種サービスを利用することが多く、プライベートで観光研究の活動をしていることから、観光政策の視点から気づかされることが多かったです。

 

― 幅広い業務を担う旅行会社とDMOとの関係をおしえてください

 

まずここでいうところの旅行会社の意味を明確にしておきたいです。旅行会社といっても、その役割や機能によって、異なる種類の旅行会社があるからです。DMOとの関係を考える場合、重要になってくると思います。

 

― 確かに、ひと口に「旅行会社」といっても様々な形態がありますね

 

まず消費者が旅行に出る前に、旅行サービスを予約する際に利用する場合があります。旅行会社といえば、多くの方はこのタイプを思い出すでしょう。パッケージ旅行を作っている会社をホールセラーといいますが、英語ではツアーオペレーターということが多いです。またパッケージツアーや各種旅行サービスを消費者に販売するリテーラーもあります。オンラインでの予約や店舗での販売などのことです。

また、個人が行う観光旅行ではなく、企業や学校などが組織する旅行もあります。つまり打ち合わせや会議のような業務を目的とした出張旅行、また最近は、「MICE」と呼ばれる、企業の会議や報奨旅行、G20など各国要人が集まる会議、オリンピックやサッカーワールドカップなどのスポーツイベント、それらを総称してMICEと呼んでいますが、日本ではそれらの多くを旅行会社が取り扱っています。さらに旅行出発地ではなく、旅先の観光地でビジネスを行う旅行会社(ツアーオペレーター)もあります。彼らはいわゆるオプショナルツアーや着地ツアーといった、現地参加型のツアーを提供しています。

このようにいろいろな種類の旅行会社があるわけですが、実は旅行会社が扱うサービスには共通点があります。それは、すべてが必ず行先である旅行目的地(デスティネーション)に関係している、ということです。例えば化粧品や家電製品は、どこで販売されるか、という視点はあるものの、商品自体に「場所」が含まれることは基本的にはありません。一方、旅行会社が扱う商品・サービスにはすべて、どこに行くか、どこで開催するか、という行先「場所=デスティネーション」が含まれているわけです。
ですので、旅行会社とデスティネーションをマネジメントやマーケティングする役割を果たすDMOとは、ビジネスの構造上、関係が深くなります。

 

― なるほど、もう少し詳しく教えてください

パッケージツアーを企画する旅行会社と法人営業をする旅行会社ではその商品サービスが全然違います。それはお客様へ提供する価値が異なる、という意味です。言い換えればクライアントである消費者や企業、組織が、旅行に求めることが違うともいえます。

旅行会社はマーケティングや営業といった活動によりクライアントが持つ顕在化した課題や、潜在的なニーズを把握し、ある意味その解決策として旅行を提供しています。つまりソリューションですね。旅行はそれ自体が目的ではなく、何かを解決するための手段であるという視点です。企業の活動から生じるMICEはその要素が強く、旅行は手段である、ということは理解しやすいかもしれません。しかし、旅行市場が成熟した昨今、個人が旅行に求めることも同じような考え方が重要だと思います。

つまり、家族と過ごす時間のため、誰かに会いに行くため、グルメなどが目的で、旅行はそれを実現するためのその手段でありソリューションである、という意味です。旅行会社はその解決策をニーズに合わせて適切に企画しお客様に届ける役割を果たしているわけです。

 

― その旅行会社がDMOとどうかかわるのでしょう

そのような意味では、旅行会社はお客様が旅行や観光に求めるニーズを把握しているといえます。観光地になにを期待するかは、お客様ごとに異なる、ということです。リゾート地に求めることは、家族連れと若いカップルでは違うでしょうし、国際会議の開催地としては、時には世界中から数千人単位となる参加者を受け入れるための会議施設や宿泊施設が必要ですし、会議が終わった後には現地ツアーに参加するかもしれません。

アメリカ大統領と某国トップとの会議にシンガポールが選ばれたのは、やはり会議の目的(かなり特殊ではありますが)を満たすだけの条件がシンガポールにそろっていたからでしょう。旅行会社は非常に専門性が要求される内容に対して、デスティネーションの特徴や特性を活かして企画を作りお客様に提案する必要があります。

時にはデスティネーションとして複数の候補がある場合もあります。お客様が実現したいことが、そのデスティネーションで本当に実現できるのかどうか、細かいデータを収集し、過去の実績も考慮しながらソリューションを作っていくのです。そして現地でのオペレーションまで担うこともあります。

 

― MICE系の市場開拓がDMOと旅行会社との連携で、ひとつ重要になるということですね
DMOの重要な役割の一つに、マーケティングがあげられますよね。消費者のニーズを把握し、適切なな商品サービスをお客様に届けることがマーケティング活動の一つであるとすれば、旅行会社がその重要なパートナーとなりうることは、いままでのお話からご理解いただけるのではないでしょうか。

もちろん旅行会社によってもっているお客様は様々ですし、それによって取り扱う商品も旅行会社によって違っているでしょう。同時にDMOも観光地のタイプはいろいろですから、DMOがパートナーとして旅行会社に求めることは、DMOごとにちがってくるとおもいます。MICE施設を持っている都市のDMOなら、MICEに強い旅行会社へのアプローチが必要です。

逆に言えば「観光客を送ってくれるならとにかく旅行会社へ営業をかければいい」ということでもありません。当たり前のことかもしれませんが、デスティネーションにとって適切なターゲットを設定し、そのニーズを満たすサービスを適切な販売チャネルとしての旅行会社に伝え、消費者に届ける、ということがマーケティング戦略そのものです。

 

― まさしく、そうですね 

加えて、観光地側でビジネスをするツアーオペレーターのことについても触れたいと思います。

いわゆる着地ツアーに対するニーズは、旅行市場の成熟化やFIT(個人旅行)化に伴いとても高まっています。実際、ツアー&アクティビティといわれる分野は、航空、宿泊に次ぐ第三のホットな市場として認識されています。ある調査によれば、世界の旅行消費の10%を占めており、2016年に16兆円だった市場規模は2020年には約20兆円にまで成長すると予測されています。ITの発達により旅先でスマホなどで気軽に現地ツアーの予約ができるようになったこともそれを後押しする要因でしょう。

 

― 旅行消費額の1割も占めるのですか

すでに欧州のDMOでは、運営するウェブサイトに地域のツアーを掲載しているところもあります。消費者にとってはその観光地でやってみたいアクティビティが紹介されているだけでなく、予約も決済もできますので便利です。また、地域のツアーオペレーターの多くは中小企業であることが多いですが、DMOのウェブサイトがマーケティング活動の一環を担い予約が増えれば販売拡大により地域の中小企業を支援することにもつながり、ツアーオペレーターが地域経済に貢献し雇用も創出されます。

また発地側でホールセラーのツアー企画にとりこむバリエーションが増えることになれば、ツアーのラインナップも強化されるかもしれません。もちろん、DMOにとってもツアーがウェブサイトで売れればコミッション収入がはいるスキームも考えられます。

このような効果を踏まえれば、DMOが地域のツアーオペレーターと積極的に協業する意義は大きいと思います。DMO自ら着地ツアーを企画することもありますが、地域経済への波及効果を考えれば、必ずしも自らのツアーだけでなく、地域にある経営資源をうまく活用するという発想も大事ではないかと思います。

 

― わが国のDMOに対して旅行会社との付き合い方についてアドバイスを

訪日観光客3000万人時代には、観光を支えるすべての「システム」をアップデートする必要があると思います。

DMOはそのような時代の要請にこたえるべく登場した意義もありますし、デジタルマーケティングも含めて、旅行会社も従来の機能サービスだけでなく、新しい取り組みを多く行っています。これまでの先入観をすてて、まずはお互いその取り組みを知ることから始め、お互いがそのパートナーとして一緒に新しい観光のあり方を模索してお客様に新しい価値を提示し、観光の持続可能性を実現していきたいです。

 

― ありがとうございました。

 

小林裕和 Kobayashi Hirokazu

株式会社JTB経営戦略本部経営戦略担当部長/相模女子大学客員教授。大手鉄道会社出向(宣伝・観光開発)、JTB本社で営業企画、経営企画など。訪日旅行専門会社設立やインバウンドに特化したシンクタンクに従事。海外勤務経験(香港・オランダ)。北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻博士後期課程満期退学

 

 

(まとめ)

DMOが扱う市場を簡単に分類すると、以下のようなマトリクスになるが、これらのなかで、特に国内外の団体市場においては旅行会社との協働が必要不可欠となる。

DMOのマーケティング業務を進めるには、上記のように市場を分類した上で、担当者に業務を振り分けていくことになる。観光協会やDMOには旅行会社からの出向者が少なくないが、そうした方々には専門性を活かしてDMOのセールス部門(団体分野)を担当してもらうのが適切だろう。

また、個人市場の拡大を図るマーケティング業務に関しては、デジタルマーケティングに秀でた人材が、若手の間で急速かつ大量に育っているので、そうしたところから人を確保するのが良いだろう。

国内最大手の旅行会社JTBは「DMC戦略」を発表している。DMCは地域をベースにした旅行会社であり、香港・マカオや沖縄といったエリアでのDMCの活動は顕著であるが、国内の大型観光地やそれ以外のエリアでは、まだその姿が明らかには見えてきてはいない。

これからの地域と旅行会社の協業展開に期待を持って注目していきたい。

(文責・大社)

 

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