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持続可能な観光地づくりのためのデスティネーションマネジメント

インタビュー④ 


持続可能な観光地づくりのためのデスティネーション・マネジメント

●高山傑(Takayama Masaru) 一般社団法人JARTA代表理事

有限会社リボーンや田辺市熊野ツーリズムビューロー、北海道宝島旅行社など責任ある観光を推進する地域を重んじる旅行会社が集ってJARTA(Japan Alliance of Responsible Travel Agencies)を設立

 まず、エコツーリズムの考え方について簡単に教えてください

エコツーリズムは自然が豊かなところでないと成立しません。エコツーリズムと似た概念にネイチャーツーリズムがありますが、これは自然があるところに人を連れていって楽しんでもらえばよいのです。ところがエコツーリズムとなると、自然を楽しむだけでなく自然保護が求められます。エコツーリズムとは、地域の雇用や地産地消など、そのツアーによって地域が持続可能になるよう様々な側面で地域に還元される仕組みのことをいいます。


 エコツアーに重要なのは、ガイドだと言われますよね

エコツーリズムを推進するには、その考え方を理解している人が不可欠で、わたしたちはそうした人を育てる活動をしています。エコツアーには必ずガイドが必要になります。地域の実情や自然環境についてガイドが解説を行い、それをお客様に理解してもらうのです。専門性の高いガイドがつく分、一般的にエコツアーは普通のツアーより高額になることもあります。

 日本でもエコツーリズムの歴史はあると思うのですが、いまひとつ普及していないのでは

日本ではガイドが食っていけない面があります。エコであることがメリットになるような政策的なインセンティブも少ない。そもそも海外の場合は、自然保護のための資金が必要ということで自然環境の良いところでエコツアーが行われます。ところが日本の場合は、どこにいっても経済的に豊かなのと寄付文化が定着していないので、エコツアーによる自然保護への還元が見えにくい面があり、環境保護よりお金を稼ぐことが優先されがちなのです。

さらにジオツアーなども同様ですが、エコツアーだからといってお客様が来てくれる訳ではない。来て下さった方に対してガイドの解説などを通してエコツーリズムの考え方を普及させていくことがエコツアーの意義なのです。海外だと、国立公園に行くと、そこで歩くとか鳥をみるとか、すべてのコンテンツがエコツアーになっているのです。

 エコツアーをはじめる動機が、諸外国とは逆なのですね

そうです。だから日本ではエコツーリズムという言葉が独り歩きしている。ルールがないのも問題です。環境保全のガイドラインはあるのですが、実際のところ、屋久島や小笠原のように登録制をとっていない場所においては、ネイチャーツアーのガイドをした次の日にエコツアーのガイドになって集客もできるのです。エコツアーが盛んなオーストラリアやコスタリアでは国策として「エコツーリズムとはなにか」を学ぶ研修制度があり、オーストラリアではエコツーリズム協会がエコツーリズムの『基準』をつくっています。

 

 どんな基準があるのですか

国連世界観光機関(UNWTO)内には、GSTC(Global Sustainable Tourism Council)という「持続可能な観光」の国際基準をつくる協議会があります。彼らが基準をつくっているのですが、彼ら自身は認証はせず、認証団体を認証するということをしています。

この基準に沿って観光地を認証できる団体は、世界でオーストラリアのEarth Check(以下、EC)、オランダのGreen Destinations(以下、GD)の2つしかない。その基準や認証プロセスなど認証団体になるには、かなりハードルが高いのです。

サステナブルな観光地に関する国際基準は41項目あり、持続可能であるためには必須項目として、
・持続可能な観光の専門職員もしくはサポートチームがいる
・持続可能な観光地になることが地域の観光ビジョンやミッションに入っている
・関連法規を理解している
などのほか、多くの評価項目があります。

観光地の基準は、宿泊施設やツアーオペレーターなど事業者についても対象となり、宿泊施設では、地産地消か、物資の輸送をよりエコな方法で行っているか、地元の雇用を生んでいるか、といった評価項目があります。

 デスティネーション・マネジメント(観光地経営)のひとつの取り組みですね。

オーストラリアでは、こうした基準を守っている地域は行政の支援が受けられるといったインセンティブがあります。あくまでエコツーリズムは、ツアーだけの話ではなくて地域づくりに資するツーリズムであることが重要なのです。

ただし持続可能な観光地とエコツーリズムの観光地というのは似ているようで違います。大都市でも持続可能な観光地としての取り組みは可能ですが、エコツーリズムでは自然環境が不可欠です。

 日本での取り組みは、どうなんでしょうか

わたしたちはアジア太平洋エリアのエコツーリズムの国際認証を行う団体をつくろうと考えています。ECに比べてGDはオランダ政府の支援があり非営利団体ですので格安で格付・認証できます。GDのコアな基準項目は使い、エコツーリズムが適応されるものを考えています。

根本的な問題なのですが、日本ではベースラインアセスメント(現状把握)をしていないので効果検証が行われない。いわば地域の健康診断をやっていないので病気かどうかも分らない。

だから、まずは人間ドックに入ってくださいと言っています。体重くらいは計っているけど血液検査もしていない。数値をしらないので、うまくいっているか否かも検証できない。人間ドックや健康診断は、それを受けた人しか分らない面もあると思いますので、「まずは診断を受けてください」と話しています。


島原市長・雲仙市長・南島原市長・(一社)島原半島観光連盟会長が「島原半島 持続可能な観光地域づくり宣言」に署名。左は立会人を務めた高山さん(2017年11月、「サステイナブル・ツーリズム国際認証 島原半島フォーラム」)

 具体的には、どのように進めていけばよいのですか

持続可能な観光地として認証されるには、クリアしなくてはいけない基準が100項目あるのですが、そのうち重要項目が30あります。GDには「観光地100選」というのがあって、重要な30項目の半数を満たせば100選にノミネートする権利を得ることができるのです。

ただしこれも厳しくて、100選に選ばれ続けたいなら地域側も進化しなくていけません。毎年のチェック項目が増えていくからです。100選に選ばれてからも、毎年のように新たな基準をクリアしながら、何年もかけて理想の持続可能な観光地にするという風に進んでいきます。

 

 100選に選ぶだけでなく、さらに上を目指させる仕組みがあるのですね

そうです。だからまずはこの30項目を満たして「100選に入ってください」といっています。GDのホームページからデータがダウンロード可能です。またはNPO法人日本エコツーリズムセンターに問い合わせてみてください。日本語で申請書が書けるようなサポート体制が整っています。

▼参考▼ NPO法人エコツーリズムセンター
http://ecocen.jp/sustainable

いま、100選を目指すべく岩手県釜石市のDMCが手を挙げていますので、まずはそうした取り組みをやっている地域を見に行くとか、取り組んでいる人と交流することが大切ではないでしょうか。また先月、GDの研修会が韓国のインチョンでありました。わたしは講師で参加しましたが、アジア諸国に混じって日本からも数名参加されていました。こうした研修会に参加することも良いでしょう。

 最近、設立されたJARTAという団体のことを聞かせてください

JARTA(Japan Alliance of Responsible Travel Agencies)は、地域を元気にしたいという地域ベースの専門旅行会社のネットワークです。近年、旅行業3種や地域限定の旅行会社、DMCなどが増えてきていますが、こうした旅行会社が集まって持続可能な観光を推進していこうと考えています。

▼参考▼ 一般社団法人JARTA
https://www.jarta.org/japanese

 

 認証制度により推進するアプローチと現場の事業者から推進するアプローチの両面から取り組むということですね
はい。日本の旅行会社では、持続可能な観光に関する議論はされていません。日本にも「ガイド認証」の仕組みはありますが、誰でもが簡単に「なんちゃってガイド」ができるようでは困るので、「研修を受けなくてはガイドができない」という仕組みがいるでしょう。ただし現状では、あくまで民間サイドで進めている話であって、制度的に確立している訳ではありません。

 条例をつくるなど制度的に規制を設けることは難しいのですね

エコツーリズム推進法では自然保護を目的に入込客数をコントロールできるはずです。国は、国立公園などインバウンド客などを増やそうとしていますが、「お客さんが来てくれないと意味ないよね」と数の論理になりがちです。世界自然遺産に登録されている知床や白神山地・小笠原などは、入込客数より客単価を上げる戦略が必要でしょう。

京都をはじめ白馬や富士山などオーバーツーリズムが課題になってきています。観光立国を目指すのであれば、エコツーリズム推進協議会の取り組みを進めつつ、国際基準を取り入れるのが良いのではないでしょうか。

 ありがとうございました

 

 

高山傑 Takayama Masaru

アジアエコツーリズムネットワーク理事長/NPO法人日本エコツーリズム協会理事/株式会社スピリット・オブ・ジャパン・トラベル代表取締役/一般社団法人JARTA(責任ある旅行会社アライアンス)代表理事

【Profile】1969 年京都市生。カリフォルニア州立大学海洋学部卒。幼少・学生時代をアメリカで過ごした基盤を活かし約60ヶ国、700 都市を滞在・訪問。その際に構築した国際ネットワークとエコツーリズムなど地域住民の生活向上と環境保全を両立するための持続可能な観光をさまざまな観点から体験し学ぶ。特に持続可能な観光の国際基準の策定と評価については日本での第一人者と自負する。ライフワークとしては、アジア諸国18ヶ国のネットワークリーダーとして活躍するほか、訪日外国人向けのエコラグジュアリーツアーを旅行会社として日本各地で展開。2015 年からは文化財を活用した国際観光にも着手し、日本の美しさを次世代に継承するために奮闘中。

 

 

(まとめ)
訪日外国人旅行者の急増等の要因により、観光地に暮らす地域住民の生活環境に影響が出始めていることから、先月18日、持続可能な観光地域づくりに向けて、様々な課題への対応策を検討する「持続可能な観光推進本部」(本部長:観光庁長官)が観光庁に設置された。また、国内観光地のなかで、「勝ち組」の筆頭格ともいえる京都市や金沢市では、オーバーツーリズムに対応する財源として宿泊税の導入を推進・検討している。

一方、昨年11月、「増え続ける観光客の課題とそのマネジメント」と題したDMOフォーラムを沖縄県で開催したが、あくまで筆者の感覚だが、いまひとつこうしたテーマへの関心は薄いように感じられた。沖縄は、京都や金沢と同様、「勝ち組」に属するといえるが、他地域との産業構造の違いもあり、観光による経済成長・県民所得の向上などが、まだまだ優先されるフェーズにあるといえるのかもしれない。

また近年、SDGsへの関心が高まりを見せているが、これまで世の中的に「正しい」と思われる、たとえば環境保護や人権を守る・格差や貧困をなくす、といった取り組みは世の誰もが賛同するものの現実的にはなかなか前に進まないことが多かった。ところがSDGsに関しては、多くの企業が前向きな姿勢をみせている。それは、SDGsの示す概念が、倫理的側面と経済的側面が相反する対立するものではなく、どちらからもアプローチ可能であることがその要因ともいわれている。

かつて努力目標にも近かった「景観条例」が、2005年に「景観法」に変わったことで、法的強制力をもつことになり、人や企業の行動に変化が見られるようになった。このように制度的な枠組みをつくることもひとつのアプローチであるが、一方で、美しい景観や自然環境を守りつつ入込みをコントロールするからこそ地域の持続可能性が高まり、住民や事業者の経済原則にも適う、といった倫理と経済が両立するフレームワークも必要なのであろう。(文責:大社)

 

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